大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)606号 判決

原告

株式会社福徳相互銀行

右代表者

松本理作

右訴訟代理人

河合伸一

板東宏和

被告

楊洲洪

右訴訟代理人

柴多床一

大野康平

被告

李相浩

主文

一、被告楊洲洪は原告に対し、

(一)  別紙物件目録記載の不動産につき、

1  大阪法務局天王寺出張所昭和四一年八月一〇日受付第二万七、〇五七号抹消登記により抹消された同出張所昭和三八年六月二六日受付第一万五、三三八号根抵当権設定登記および同出張所同日受付、第一万五、三三九号根抵当権変更付記登記の、

2  同出張所昭和四一年八月一〇日受付第二万七、〇五八号抹消登記により抹消された同出張所昭和三八年六月二六日受付第一万五、三四〇号所有権移転請求権仮登記の、

各回復登記手続をせよ。

(二)  金四五万二、五二九円およびこれに対する昭和四五年二月二二日より完済に至るまで金一〇〇円につき一日四銭の割合による金員を支払え。

二、被告李相浩は原告に対し、第一項(一)の各回復登記手続をなすことを承諾せよ。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同旨。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1、原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は昭和三五年六月二五日訴外永進化学工業株式会社(以下訴外会社という。)との間で、手形貸付、手形割引等の取引に関し遅延損害金を日歩四銭と定めた基本取引約定を締結し、以後右訴外会社に対し融資を行つてきた。

被告楊は、訴外会社の代表取締役であつたが、昭和三八年六月二五日原告に対し訴外会社が前記取引約定に基づく取引によつて原告に対して当時負担しかつ将来負担することあるべき債務について連帯保証するとともに、その所有する別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)について元本極度額金二五〇万円の根抵当権を設定し、大阪法務局天王寺出張所同月二六日受付第一万五、三三八号をもつて、その旨の根抵当権設定登記(以下本件第一登記という。)を経た。

続いて右同日、原告と被告楊は右根抵当権の元本極度額を金八〇〇万円に増額する旨を契約し、同出張所同日受付第一万五、三三九号をもつて、その旨の根抵当権変更の付記登記(以下本件第二登記という。)を経た。

さらに右同日、原告と被告楊は訴外会社の右債務を担保するため、本件不動産について代物弁済の予約をし、同出張所同日受付第一万五、三四〇号をもつて、右予約に基づく所有権移転請求権仮登記(以下本件第三登記という。)を経た。

(二)  その後、原告は訴外会社の債務不履行により前記取引約定を解約し、その結果、昭和四一年三月二日現在において、原告が訴外会社に対し前記取引約定に基づいて有する確定債権は、手形貸付金残元本金七七万円およびこれに対する遅延損害金等金一三万五、〇五七円の合計金九〇万五、〇五七円となつていたところ、同日原告は、被告楊から右債権額全額の弁済を受けたので、訴外会社の右債務は消滅し、従つて、その担保たる被告楊の連帯保証債務、および普通抵当権に転化した前記根抵当権、ならびに前記代物弁済予約上の権利もすべて消滅したものと考え、被告楊との間で、本件第一ないし第三各登記を抹消する旨を合意して、当該抹消登記手続に必要な書類を同人に交付し、これにより本件第一、第二各登記については前記出張所昭和四一年八月一〇日受付第二万七、〇五七号をもつて、また、本件第三登記については同出張所同日受付第二万七、〇五八号をもつて、いずれも抹消登記がされた。

(三)  ところが、その後昭和四一年一一月二二日訴外会社は大阪地方裁判所において破産宣告を受け、続いて、その破産管財人から原告を相手どつて同裁判所に対し、原告の受領した前記弁済につき否認の訴が提起され、同裁判所昭和四二年(ワ)第一、七一四号事件として審理の結果、昭和四四年九月九日同裁判所は、右弁済は、訴外会社が支払停止後になした弁済であつて破産法七二条二号にあたると認めてこれを否認し、原告に対し前記弁済受領金九〇万五、〇五七円を破産管財人に支払うことを命ずる旨の判決を言渡した。

そこで、原告は同月二六日右破産管財人との間で、前記弁済受領金の半額にあたる金四五万二、五二九円を返還する旨の訴訟外の和解をし、即日破産管財人に対し右金員を返還した。

(四)  かくして、一たん弁済により消滅したかに見えた原告の訴外会社に対する前記債権は、右弁済が否認され原告が金四五万二、五二九円を返還したことにより、その返還額の限度で復活するに至つたものであり、これに伴つて、その担保である被告楊の前記連帯保証債務および普通抵当権に転化した前記根抵当権ならびに代物弁済予約上の権利もまたすべて原状に復し、当然に復活したものというべきである。

そして、原告が、訴外会社の前記債務がすべて消滅したことを前提として、これに伴う前記担保もすべて消滅したものと誤信して、被告楊との間でなした本件第一ないし第三各登記を抹消する旨の前記合意は、結局要素に錯誤があつたこととなり無効であり、これに基づいてなされた本件第一ないし第三各登記の抹消登記は、不適法な原因に基づくものとして、いずれも回復登記がなされるべきものである。

(五)  被告李は、本件不動産について、前記出張所昭和三九年七月六日受付第一万八、六九一号抵当権設定登記ならびに同出張所同日受付第一万八、六九二号所有権移転請求権保全仮登記を有している。

(六)  よつて、原告は、被告楊に対し、本件第一ないし第三各登記の抹消回復登記手続、ならびに連帯保証債務金四五万二、五二九円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年二月二二日より右完済に至るまで約定利率金一〇〇円につき一日四銭の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告李に対し、右抹消回復登記手続についての承諾を求める。

二、被告楊の答弁

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。同(三)のうち、訴外会社が破産宣告を受け、破産管財人から原告に対し否認の訴が提起されたことは認めるが、その余の事実は不知。同(四)の主張は争う。

(二)  原告がその受領した弁済を否認されその給付を返還したことにより、原告の訴外会社に対する債権が復活するとしても、これにより当然に連帯保証債務および物上保証が復活するものではない。

(三)  かりに、原告主張の錯誤が存在したとしても、その錯誤は原告自らの重大な過失に基因するものであるから、原告はこれによる無効を主張することはできない。

三、被告李の答弁

請求原因(一)ないし(四)の事実は不知。同(五)の事実は認める。

第三、証拠〈略〉

理由

一、〈略〉

二、ところで、本件の場合のように、訴外会社(破産者)のなした弁済が破産法七二条二号に基づいて否認され、原告(受益者)に対しその受けた給付の返還を命ずる第一審判決が言渡されたことに伴い、右判決の確定前、原告において、否認権の存在を認め、破産管財人との間で、弁済として受けた給付の一部を返還する旨の訴訟外の和解をし、これに基づいてその返還を履行したときは、その限度において否認権の行使によつて破産財団を原状に復せしめた場合と同視するのが相当であるから、原告の訴外会社に対する債権は、右返還の限度で、すなわち金四五万二、五二九円の限度で、破産債権として復活したものというべきである。

そして、〈証拠〉を総合すれば、訴外会社が原告に対してなした前記弁済は破産法七二条二号により否認されるべきものであつて、これが否認権の存在することは明白であるから、右のとおり原告が弁済として受けた給付の一部を返還したことにより原告の訴外会社に対する債権が復活した以上、これに伴つて、右債権の担保たる被告楊の連帯保証債務、および被告楊に対する普通抵当権に転化した前記根抵当権、ならびに代物弁済予約上の権利などの物上担保もまた、いずれも当然に原状に復して復活するものと解するのが相当である。けだし、かく解することは、債権者間の公平維持と否認の相手方保護の必要性から設けられた破産法七九条の趣旨にも合し、決して、受益者に必要以上の保護を与えることにはならないし、また、連帯保証人ないし物上保証人に格別の不利益を強いることにもならないのである。

三、以上によれば、原告が、訴外会社からの前記弁済の受領により訴外会社に対する債権は消滅し、従つて、その担保たる被告楊の物上保証も消滅したと誤信して、被告楊との間でなした本件第一ないし第三各登記を抹消する旨の合意は、後に右弁済が否認されてこれら債権ならびに物上保証が復活した以上、結局要素に錯誤があつたものといわなければならず、右合意は無効である。被告楊は、右錯誤は原告自らの重大な過失に基因すると主張するが、これを認めるにたる証拠はない。そして、右無効な合意に基づいてなされた本件第一ないし第三各登記の抹消登記は実体法上不適法な原因に基づく登記というほかはないから、いずれも抹消回復登記がなされるべきものである。〈以下略〉 (松田延雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例